私が進路として選択したプラントエンジニアリング業界は、エネルギーをはじめとする社会基盤を支える製品を生産するための大規模な設備(プラント)をゼロから創り上げる役割を担っています。砂漠や熱帯のジャングル、あるいは極寒の地など、世界中のあらゆる環境において、顧客が求めるプラントを設計(Engineering)し、世界中から膨大な資材と多国籍な人材を調達(Procurement)して、建設(Construction)するまでを一貫して請け負います。プロジェクトの規模は時に数千億円から数兆円に達することもあり、巨大なコストや複雑なスケジュールを緻密にマネジメントしながら一つのプロジェクトを完遂することが求められます。就職活動を通して何百もの企業に出会う中、このダイナミズムに触れたときの「面白そうだ」という直感が、最後まで自分の中に残り続け、入社の決め手となりました。
就職活動では、仕事に一日の多くの時間を費やすのであれば社会に資する仕事がしたいと考え、インフラや素材メーカーなど、社会を根底から支える上流産業を志望していました。上流産業の中でも特に「物事の背景にある構造」を考えることが好きな自身にとって、国際情勢や政治・経済と密接に関わるエネルギー資源は、まさにそうした構造を読み解く面白さに満ちた分野であり、特に探究しがいのあるテーマだと感じました。エネルギーに携わる仕事もまた多岐にわたりますが、中でも本業界を選んだのは、①海外との接点を持ち働けること、②決まった製品はなく毎回異なる条件下でゼロから最適解を創り出すという変化に富んだ環境が自身の志向に合致していたこと、そして③培われた技術力を活かし、脱炭素という未知の課題に対して最前線で「現実解」を提供できる点に魅力を感じたためです。
世の中には様々な職種があり、就職活動だけでその全てを知ることも、自身の選択が「正解」か否かを判断することも容易ではありません。しかし面白いと心惹かれるものに素直に従っていれば、その好奇心こそが自身を動かす原動力となり、それによって積み重ねた経験が、新たな興味をもたらしてくれるのではないかと考えています。
私が総合グローバル学部(FGS)を志望したきっかけは、高校時代に世界史を学んだ経験にあります。世界史を深く学ぶ中で、自分を取り巻く環境が偶発的に形成されたのではなく歴史の積み重ねによって生まれたものであることを知り、現在の世界の成り立ちや社会構造をより多角的な視点から紐解きたいという思いで(今考えると漠然としていますが)この学部を選びました。
FGSでは多分野・多地域を横断しながら、答えのない問いに向き合う機会が多くあります。私も入学後は専攻分野にとどまらず、国際政治や中東・アフリカ地域研究など学部内の講義、さらには他学部の授業まで興味の赴くままに幅広く履修しました。こうした学びにおいて、これまで自分が「当たり前」や「正しい」と信じて疑わなかった考えや価値観は特定の条件のもとで成立しているに過ぎないと気づき、前提ごと音を立てて崩れていくような感覚を何度も経験しました。初めは戸惑いを覚えることもありましたが、次第に「見方」の引き出しが増え、かつては一面的に見えていた事象が、複数の層や角度をもつ立体的なものとして捉えられるようになりました。
また「当たり前」が瓦解する経験を重ねるうちに、自分の考え方を他人に押し付けず、他人の考え方を柔軟に受け止めることができる力も(少しばかりですが)身についたように思います。例えば大学3年〜4年次の10か月間のマレーシア・マラヤ大学への交換留学では、履修登録の混乱や突然の休講など、日本とは異なる制度や慣行に戸惑い、「勉学に勤しむ出発点」にすら立てずもどかしさを感じることもありました。ただ「なぜその仕組みになっているのか」、「なぜ人はそのように振る舞うのか」といったように、「違和感」の背後にある前提を問い直すことで、結果として目の前の出来事を単なる「問題」としてではなく、現地社会を深く理解するための手がかりとして捉え直したり、相手や状況に応じて自身を柔軟に変化させ関わり方を変えたりすることができるようになりました。
私にとって大学での学びは、知識を増やすこと以上に、より物事の本質に接近する力を養う営みそのものでした。自身の考えや「一般的」とされる認識を自明視せず、また「わかりやすい結論」に飛び付かずに複雑な事象を複雑なまま受け止めることが、少しずつ深い本質へと近づく手がかりになるのではないかと感じています。
毎日部活動や受験勉強に励んでいる皆さん、本当にお疲れ様です。
FGSでの学びの魅力は、「知らないことに謙虚でいられる姿勢」を育てられる点にあると感じています。知識そのものは、図書館に並ぶ学術書やインターネット上の論文を通じて、ある程度は一人でも得ることができますが、大学には自分が想定していなかった問いや視点に出会える環境があります。とりわけFGSでは、多様な専門を持つ先生や学生と交わる中で、「知らないと認識していること」だけでなく、「知らないことにすら気づいていなかった領域」に触れる機会があります。未知を既知にしようとする中で、自身の無知に終わりがないことを実感しましたが、その自覚こそが学び続ける原動力となりました。
さらにFGSは、多様な背景をもつ学生と出会える場でもあります。日本生まれで地元公立校での学習や部活動に打ち込んできた自分がむしろ少数派に思えるほど、周囲の学生のバックグラウンドは多様でした。そのような友人と互いの意見を尊重しながら講義内容について議論し、理解を深め、視野を広げる時間はかけがえのないものでした。旅行やフィールドワーク、留学などで海外へ向かう学生も多く、「休学や留学をせず)4年間で卒業するのか」 「(旅行から帰国し)卒業式に出席できるのか」といった会話が交わされるほど、それぞれが主体的に時間を使っており、その自由さと行動力も、私にとって大きな刺激でした。
そして、真摯に向き合ってくださった先生方の存在も忘れられません。疑問点そのものをうまく言語化できていない拙い質問にも丁寧に応じてくださったこと、自主研究制度を通じてアイヌに関わるテーマやマレー語に関する研究をご指導いただいたこと、留学中の悩みや卒業論文について助言をいただいたことなど、先生方の温かいご教示が私の学びを形づくってくださいました。
FGSは、答えを与えてくれる場所というよりも、問い続ける力を養う場だと思います。そしてその過程で、自身の無知を知り、他者と対話しながら視野を広げていく経験ができます。もし皆さんが、世界を一面的ではなく多角的に捉えたいと考えているのであれば、この学部はきっと実りある四年間を与えてくれるはずです